電話一本から始まった「卒業式前の大救出」
ある日の午後、事務所の電話が鳴った。
受話器の向こうから、やや焦り気味の女性の声!
練馬区の学校の先生だった。
「毎年ワックスはかけてたんですが、なぜかささくれができて…。3月の卒業式に、なんとか間に合わせたいんです」
その声の奥には、“どうにか直したい”という生徒への優しさがあった。
現場を見に行くと、その体育館は長年の歴史を床一面に刻み込んでいた。
輝きを失った板は黒ずみが広がり、モノクロ写真のようにも感じた。
何度もバレー部のスパイクやバスケ部の激しい動きに耐え、地域行事や入学式、運動会の雨天時の避難所としても使われたに違いない。
無数の傷跡と、無数の擦り傷、無数の塗り重なったワックスを見て、卒業式の晴れ舞台に間に合わせるぞと決意する。
掃除じゃ落ちない床の宿命
体育館の床は、想像以上に酷使される。
毎日の部活、発表会、全校集会
使うたびに靴底のゴムや土、汗が床に乗る。
ワックスは以前は保護のために使われてきたが、今では、ささくれの原因にも黒ずみの原因にもなっている。
汚れを封じ込める役割も果たしてしまっている。
汚れを落とさず何年も塗り重ねれば、表面は黒ずみの層に覆われてしまう。
モップや洗剤では表面の薄皮をなぞるだけで、その奥の汚れには届かない。ささくれも直せない。
現場を踏んできた職人からすると、「これは研磨しかないな」という一目でわかる状態だった。
朝8時、体育館が目を覚ます研磨の轟音
作業当日、まだ冬の名残が残る朝8時。
外気の冷たさが入り込む体育館の中、研磨機のスイッチを入れると「ウィィーン…」という重低音が鳴り響く。
その音はまるで、早くきれいにしてくれと言わんばかりだ。
機械の下からは、削られた塗膜と黒ずみが白い粉となって舞い上がる。
足元には薄く積もる木の粉雪。
削られたばかりの木肌は、驚くほど真新しい。
手のひらで撫でると、サラリと乾いた感触が指先に心地よい。
そして独特の木の香りが漂ってくる。
あの香りは「よし、やってやるぞ」というスイッチにもなる。
現場の空気は一気に活気づき、「卒業式に最高の床を届けるぞ!」って誰かが声を上げる。
黒ずみ攻略の“段階研磨”作戦
黒ずみは一筋縄ではいかない。
深くこびりついた部分は、ただゴリゴリ削ればいいというものではなく、力加減を間違えれば床板を痛める。
そこで番手の異なるペーパーを段階的に使い分ける。
粗い番手で黒ずみを根こそぎ削り、中番手で表面を均し、細かい番手で木肌をなめらかに整える。
この方法なら削りムラもなく、塗装後に光が均一に反射する。
さらに今回は水性ウレタン塗料を使う。
乾燥時間を短縮し、スケジュールを詰めても仕上がりを落とさない。
最後に光沢を引き出すトップコートを重ね塗り。
塗装面がライトを受けてきらりと光り、まるで体育館全体が明るさに包まれているかのように見えた。
床が生まれ変わった瞬間の「えっ!」
完成後、先生が体育館の扉を開けた瞬間
足を止め、目を見開いた。
「えっ、こんなに明るかったんですね…!」
その驚きと喜びの入り混じった声が、職人の心にじんわり染みる。
翌朝、バレー部の生徒たちが練習前に床を眺めていた。
「滑らないし、すごくキレイ!」と笑顔を交わしながら、床に映る自分たちの姿を覗き込む。
ボールを追いかける度に、「キュッ」「キュッ」と小気味よい音が体育館に響く。
それは新品のように蘇った床だからこそのグリップ音だ。
床の黒ずみやささくれのダメージは直せる
体育館床のダメージは正しい工程と手間、そして経験があれば、何年分もの汚れだってリセットできる。
それは部分補修、張替え、リコート、研磨、床下地補強、床全面撤去更新などだ…
あの頃の体育館のように、くすんだ床も、ささくれた床も再び光を取り戻す。
そして今回の現場を終えた翌週、私はまた別の体育館へ向かう予定だ。
次は滑りやすさを解消しで安全性を高める案件。
どんな床でも、その場所に集まる人たちが安心して笑顔になれるように
私たち床職人の奮闘は続く。