

想い継承プロジェクト
「このモニュメント、そろそろ傷んできたな…でも、どこに頼めばいいのか分からない」
「せっかく修復するなら、ただ塗るだけじゃもったいない気がする…」
地域の公園や広場にあるモニュメントは、 そこに暮らす人々にとって“見慣れた風景”でありながら、 実は地域の歴史や先人たちの願いが込められた、大切な存在。
けれど年月が経つにつれ、 その想いは少しずつ忘れ去られ、 やがて「ただの遊び場の一部」として見られるようになってしまう。
そして、いざ修復の時期が来たとき、ただ静かにメンテナンスが行われ、「あ、きれいになったね」で終わってしまったら、 本来そこにあった“地域の誇り”や“想いを受け継ぐ機会”を、 知らず知らずのうちに、失っているのかもしれません。
だから、私たちがご提案してきたのは、ただの“改修工事”ではありません。
地域にあるモニュメントを、 子どもたちや地域の方々と一緒に再生する、新しいプロジェクトのカタチ。
たとえば、子どもたちからデザイン案を募集し、事前にストーリーや想いを共有 ・塗装体験会を開き、モニュメントに直接ふれてもらう時間をつくる”完成後には「これは自分たちが関わった像だ」と誇り”になる。
単なる修繕では得られない、 “心のつながり”が生まれ、地域全体にやさしい記憶が残る。
それが、私たちが実現してきた 「住民参加型・共創型のモニュメント再生プロジェクト」です。





その由来は山の再生
茶臼山恐竜公園は、長野市の多くの人が子ども時代に遊んだ場所。
家族で歩いた坂道、恐竜に登った思い出、ここは、世代を越えて受け継がれてきた“長野市の記憶”そのものです。
でも、この場所がどのように生まれたのかをご存じの方は、今では多くありません。
かつて茶臼山は、大規模な地すべり地帯でした。
畑が流され、土地は荒れ果て、「どうにかしなければ」と地域の課題となっていました。
その荒廃した場所に、未来へつながる希望をつくろうと、市の職員たちが立ち上がります。
そんな想いから、職員や技術者たちが本気で恐竜をつくり、公園が生まれました。
だからこそ今も、多くの大人たちが子どもを連れて訪れる。
ここには、思い出と歴史が息づいている。
私たちのモニュメント再生を通して、この場所に刻まれた“かけがえのない記憶”を、未来へとつないでいきたい。
恐竜やモニュメントはただの造形物ではありません。
家族の時間をつくり、未来の子どもたちの思い出になる存在。
だから私たちは、“残したい”という想いに寄り添っています。





はじまりは一人のコレクター
長野市に併合されるずっと前から、信州新町には“世界を旅してきた宝物”が眠っていました。
世界53か国を歩き、約6,000点の化石を集め続けた一人のコレクター西沢勇氏。
彼が人生をかけて集めた化石をこの地に寄贈したことが、信州新町化石博物館の始まりでした。
1993年(平成5年)。山あいの小さな町に、恐竜の骨格や化石がずらりと並ぶ“信州の化石ワールド”が誕生します
ジュラ紀の肉食恐竜アロサウルス。
草食恐竜カンプトサウルス。
海を泳いだクビナガリュウ。
アンモナイト、三葉虫、人類のはじまりを物語る化石まで。
この博物館は、ただの展示施設ではありません。
地球46億年のドラマが息づく場所なんです。
その入口で、長い間来館者を迎えてきた実物大ディプロドクス。
地元では“でぃぷろん”と親しまれ、子どもたちの象徴のような存在でした。
しかし年月とともに色は褪せ、表面は傷み、少しずつその姿が失われつつありました。
そんな中、「でぃぷろんを、もう一度、この地域の子どもたちの心に戻したい」という声が自然と集まり、再生の取り組みが動き始めました。
職人だけで直すのではなく、事前に子どもたちからデザインを募集し、当日は親子で恐竜に色を塗る特別な時間がつくられました。
小さな手で塗られた色。
恐竜を誇らしげに見上げる子どもたちの瞳。
その風景こそ、博物館の“未来”そのものでした。
でぃぷろんは今、展示物としてだけでなく、「地域の思い出をつなぐ存在」 として再び息を吹き返しています。
モニュメントを再生する目的は、単に形を整えることではありません。
子どもたち自身が、未来の記憶をつくれる場所を残すこと。
その想いが、このプロジェクトの中心にあります。





見守り続ける“願いの象徴”
戸倉駅の裏山、東山。
かつて誰も気に留めなかったこの場所に、平成のはじめ“まちづくりの夢”が乗せられました。
国のふるさと創生事業をきっかけに、旧戸倉町は「地域の子どもたちが学び、遊び、育つ拠点をつくろう」と決めます。
そこで誕生したのが、小動物のふれあいと遊具がそろう
戸倉宿キティパーク。(1993年)
子どもがヤギに草をあげ、家族が芝生でお弁当を広げ、遠足の歓声が山に響く。
ここはただ遊ぶ場所ではなく、家族の思い出が積もる“地域の宝箱”。
そして翌年、さらに大きな願いが込められます。
古くから戸倉に伝わる「天狗の伝説」にあやかり、平和と安全、そして豊かな未来を見守ってほしいという想いを託し、高さ9.5m、体重5トンの巨大な 千曲天狗が建てられたのです。(1994年)
それは、まちを見下ろす守り神。
悪いものにはいたずらして追い払うけれど、困っている人には力を貸す存在。
そんな“願いの証”として天狗はこの場所に立ち続けています。
時代が変わり、公園の名前が変わっても(※2025年:戸倉宿サクラケアパーク)
天狗の役割は変わりません。
今日も山の上から、子どもたちとまちの未来を見守り続けています。
私たちが再生するのは、そこに込められた願いと、地域の記憶。
そんな想いで、千曲の風景に、もう一度、色を蘇らせました。
まずは現在の状態を知るところからがスタートしませんか?
・どこが傷んでいるのか
・安全面に問題がないか
・どの程度の対応が必要か
・予算に合わせて、どこまで可能か
地域の景色を守るためには、まず“正しい診断”が一番大切です。
点検だけのご依頼も、遠慮なくお声がけください。

背中に大きな亀裂が入り、表面の剥離や破片落下の危険がある状態でした。
点検では強度を確認し、再固定・接着補修が必要と判断。
改修方法として、専用樹脂による接着補強と塗膜の保護仕上げをご提案。
見た目を直すだけでなく、安全性を確保する再生工事を計画しました。

顎の一部がすでに落下しており、欠損箇所を利用者が触るのは危険な状態です。
点検では破損周辺の強度を確認し、専用樹脂での接着補強と、形状復元後の塗膜保護仕上げをご提案。
欠けた部分を直すだけでなく、再び壊れにくい安全性を確保する補修計画としました。

恐竜の尻尾が滑り台として利用されており、表面に凹凸やざらつきが確認されました。
そのまま使用すると衣服の破れや擦り傷につながる可能性があります。
点検では滑走面の状態を細かく確認し、研磨・補修後に滑りやすさと安全性を確保する保護塗装をご提案。
遊具として安心して利用できる仕上げを計画しました。

恐竜時代の森を再現する巨大シダの葉に割れが発生し、鋭利な欠けや剥離部分が確認されました。
見た目の劣化だけでなく、突起部分での接触によるケガを防ぐ必要があります。
専用樹脂で割れを補強し、耐候性の高い塗装で自然な発色に仕上げ、安全性と景観を両立した再生を行いました。

長年の使用でクラックや剥がれ、汚れが目立つ状態でした。
このままでは見た目の劣化だけでなく、ひび割れから汚れが入り込み衛生面にも影響が出る可能性があります。
下地補修と耐水性の高い塗装で表面を再生し、明るいカラーで安全・清潔な水飲み場へ。
子どもたちが安心して使える環境へ改善しました。

経年劣化によりバネ遊具のぐらつきや塗膜の剥がれが見られ、使用時の転倒や指挟みなどのリスクが確認されたため、遊具を撤去。
撤去後は地面の段差を整え、安全に歩行できる状態へ復旧しました。
老朽化した遊具を残すのではなく、事故を防ぐための適切な安全対策として行った整備です。

「牛にひかれて善光寺参り」で有名な善光寺!敷地にある牛の像“喜子さん・光子さん”。
御開帳に合わせ、剥がれや退色が目立ったため再生依頼を受けました。
下地補修と耐候性塗料で艶と発色を回復し、参拝者を迎える象徴として美しく整備。
歴史ある像を、次の世代へ受け継ぐための保全を行いました。

長年の使用により塗装の汚れや退色が目立ち、角や座面のザラつきも確認されたため再生を実施。
下地補修と滑らかな仕上げ塗装で安全性を確保し、園児が安心して乗れる状態へ。
明るい色味と艶を取り戻し、公園の雰囲気も再び楽しい空間に整えました。

滑走面に穴あきと欠けが確認され、衣服の引っかかりや指の切創につながる危険な状態でした。
破損部を補修素材で埋め、滑走面を滑らかに再形成。
さらに耐候性のある保護塗装で仕上げることで、安全で滑りやすい状態を再生。
子どもが安心して使える滑り台へと改善しました。

長期設置による退色と表面剥離が進み、雨水の浸入による素材の劣化が懸念されたため、安全性と耐久性を基準に再生を実施。
気温・湿度が安定した屋内で下地保全を行い、屋外環境に耐えうる保護層を再構築しました。
触れることを前提にした衛生性と視認性を確保し、安心して利用できる状態へ整えています。

長期屋外展示によりサビ・塗膜の劣化が進行し、金属腐食から形状や表示部の判読性に影響が出ていました。
展示資産として安全に保存するため、サビ処理と防錆塗装を実施。
歴史遺産としての価値を守り、雨や湿気に負けない状態に再生しました。

長期使用により表面硬度が低下し、退色や剥離によって接触面の劣化が進行していたため、安全性を基準に再生しました。遊具特有の衝撃・握り部位の使用負荷に合わせて表面保護層を再構築し、視認性と衛生性を考慮した仕上げで整備。
子どもが安心して触れられる状態へ保全しました。

長期使用により摩耗や微細なひびが進行し、滑り・止水・衛生面のリスクが確認されたため、安全性を考慮。
利用年齢と水環境に適した構造防水と滑り係数の調整を実施し、安全基準に対応した遊水空間として再整備しました。

顎が脱落した恐竜像は、落下部位の衝撃で接合強度が低下し、利用者への接触リスクが懸念されていました。
破損箇所を補強し、適切な接合方式で安全性を確保したうえで再生。展示価値と利用環境の安全レベルを同時に回復しました。

既存の表面をすべて撤去し、新規層を一から再形成。
地域キャラクター「デカップくん」の意匠も、耐薬品仕様で再構築し、安心して長期利用できる施設へ更新しました。




子どもの頃、よく遊びに行った茶臼山の恐竜公園。
大人になって改めて思うんです。
「あれって、誰が、どんな想いで作ったんだろう?」
キティーパークもそう。
当たり前のようにそこにあって、当たり前のように遊んだことがあるけど、
“なぜそこにあるのか”なんて考えたこともなかった。
でも、再生という仕事に向き合ってる中で気づくことができました。
どんなモニュメントにも、つくった人の願いと、地域の歴史が込められている。
それがずっと、知らないまま置き去りにされてるかもしれないと。
ある日、役所の方から相談をいただきました。
「古くなったモニュメントを直したいけれど、どうしたらいいかわからない」と。
現地へ向かい、朽ちかけた恐竜像の前に立ったとき、胸がぎゅっとなるような感覚がありました。
ひび割れた表面。褪せた色。
その奥に、当時の地域の人たちが込めた“願い”が、まだ残っているはず。
それなのに、その想いを知らないまま、ただ“古くなったもの”として扱われていく。
必要なタイミングでメンテナンスされても、業者が静かに塗って終わるだけ…
そこには、想いを受け継ぐ“きっかけ”があるのにもかかわらず。
それこそが一番もったいないことだと、強く思ったんです。
だから私たちは、「塗ること」よりも「想いを未来へつなぐこと」を大切にする取り組みを始めました。
正直、私たちは職人です。
口下手で、営業が得意なわけでもありません。
けれど、“残したい気持ちだけは、誰よりも強い。”
これは、再生の現場で、朽ちかけた像に触れ、そこに込められた願いを何度も感じてきたからこそ生まれた気持ちです。
仕事をするたびに思います。
この仕事は、ただの修繕ではない。「時間と想いをつなぐ仕事」だと。
今では、地域の子どもたちや住民のみなさんと一緒に、“心に残る風景”を未来へ手渡すお手伝いができるようになりました。
あの日、何の疑問も持たずに遊んでいた恐竜も、キティーパークも、その奥にはつくった人たちの想いがあった。
今度は私たちが、その想いをもう一度呼び起こし、次の世代へつなぐ番だと思っています。
仕事とは、ただ単に今日の業務を終わらせるためだけのものではない。
未来に残る“何か”をつくり、受け継ぐ行為。未来をつくるのは、特別な誰かじゃない。
一つひとつの仕事を“未来に遺す力”へと変えていこう。その力が無数に重なるとき、私たちは「未来を動かすチーム」になれる。 だから私たちは、共に創り、共に守り、共に未来へ渡していく。
一人ひとりが未来を動かす、共創型企業へ。
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